大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)2765号 判決

被告人 武藤寿利

〔抄 録〕

控訴趣意第四点について。

原判決が判示事実を認定する証拠として裁判官の田辺一男に対する証人尋問調書(原判決中に田辺一雄とあるは田辺一男の誤記と認める)を引用していることは所論の通りである。そして原審第二、三回各公判調書によると、被告人の原審弁護人は所論のように検察官から証拠調請求があつた右証人尋問調書に対し、その調書は検察官が刑事訴訟法第二二七条第二項に依つてするべき疏明を欠くにかかわらず作成されたもので、作成自体が憲法違反であると主張してこれを証拠とすることに同意しなかつたのであるが、原審は弁護人の右主張を採用しないで、同調書を同法第三二一条第一項第一号の書面として証拠調をしたことを認めることができる。しかし同法第二二七条第二項の疏明は同条第一項の第一囘公判期日前に証人尋問を請求する検察官から、裁判官に対してするものであり、検察官がこの証人尋問請求書に添附する疏明資料は裁判官に対して提供するもので被疑者、被告人又は弁護人に対してするものではなく、又相手方の意見を聴く必要もなく、只裁判官が請求許否の判断の資料とするものであり、裁判官はこれによつて疏明ありと認めたときには、これが請求に応ずべきものである。されば被疑者、被告人又は弁護人は検察官が裁判官に提供した同条第二項の疏明資料について裁判官又は検察官に釈明を求める権利はなく検察官から提供された疏明資料により同条第二項の疏明があつたものと認めるかどうかは、専ら証人尋問の請求を受けた裁判官の裁量に委ねられているというべきである。そして裁判官の田辺一男に対する証人尋問調書、破棄差戻前の原審第一回公判調書、及び原審第二回公判調書により原審弁護人が証拠とすることに同意したことの明かな昭和二五年一月二三日附甲府地方検察庁検察官検事金子満造から甲府地方裁判所裁判官宛証人尋問請求書によると、甲府地方裁判所における本件被告事件の第一回公判期日前である昭和二五年一月二三日甲府地方検察庁検察官検事金子満造は刑事訴訟法第二二七条に基き田辺一男の証人尋問を請求し、これを受けた甲府地方裁判所裁判官金倉三郎はこれについて同条第二項の疏明ありとして同年二月一四日甲府地方裁判所において田辺一男を証人として尋問し、前記証人尋問調書を作成したことを認ることができるのであつて、被告人が元読売新聞記者として甲府支局に所属していたものであり右証人尋問請求があつた当時は約一年前から引続き住所地において農業に従事していたとの所論の事由が存していたとしても、右証人尋問の請求が所論のように同条第二項の疏明なくしてされ、これなくして田辺一男の証人尋問がなされたものと認めることはできないし、その他かかる事実を認めるべき証拠は記録上存在しないのである。又記録によると、弁護士橋本三郎は昭和二四年一二月一二日被疑者武藤寿利から暴行被疑事件の弁護人に選任され、その弁護人選任届は甲府地方検察庁に提出されたことが認められるのであるが、検察官の前記証人尋問請求書中には弁護人の氏名の記載の認められないことは所論の通りである。しかし刑事訴訟法第二二七条の証人尋問請求書の記載要件を規定した刑事訴訟規則第一六〇条第一項各号中第七号として被疑者に弁護人があるときはその氏名を記載要件に加えたのは昭和二六年一一月八日公布昭和二七年二月一日施行の昭和二六年最高裁判所規則第一五号刑事訴訟規則を改正する規則によるものであり、その以前には弁護人の氏名を記載要件としていないのであるから、その以前である昭和二五年一月二三日附の前記証人尋問請求書中に弁護人の氏名の記載がないとしても、所論のように刑事訴訟規則第一六〇条第一項第七号に違反したものではなく、弁護人の反対尋問を懼れてことさら弁護人の氏名を記載しなかつたものということもできない。しからば前記裁判官の田辺一男に対する証人尋問調書は所論のように違法な手続によつて作成されたものとは認められないし、同調書の証拠調請求があつた当時田辺一男の所在は不明であつたことは破棄差戻後の原審記録により明らかにされているのであるから、原審がこの証人尋問調書を刑事訴訟法第三二一条第一項第一号に依り証拠とすることができるものとして証拠調をしたことは相当であり、原判決がこれを判示事実認定の証拠に引用していることは所論のように憲法に違反するものではない。それ故原判決には所論のように法令違反又は憲法違反はなく論旨は理由がない。

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